2017年1月29日日曜日

最後のランチ



世の中は高齢化社会 世間から隔離され厨房で労働とダンスしかしていない僕にも そう感じる時がある
勤務先のカフェに年配の方がよく来店するし そして介護施設や老人ホームの月に数回ある外食イベントによく店を使ってくれる回数が増えたからだ
お昼のランチは老人ホームや介護施設の方達で客席が埋まる時もあ

顔に似合わず優しく僕は施設の方のリクエストに応え 特別に生姜焼きやサバの味噌煮の定食を作っていた
極たまに老人ホームの利用者の方がご飯を食べ終えると体調を崩す時がある
僕は「何か悪い物を提供したのかな」「アレルギーが有ったのか」等と 心配していたのだけれど
ペルパーさんが言うには持病の関係やご飯を食べ終わると体調を崩す方も多いそうだ
ヘルパーさんがいる時は良いけれど個人で来られている高齢者の方が倒れると救急車を呼ばなければならない時が有る

田舎町の高齢化社会 このカフェは年に数回 救急車が訪れる

新年も明け 寒さ残る昨日 老夫婦が来店した 海老フライランチと日替わりランチを食べて 食後にカプチーノを飲む 洒落た夫婦だった
会計の時に事件は起こった 老夫婦の旦那がうずくまり倒れた
動かない旦那 焦りを隠せない婦人 心配そうに見守る女子スタッフ そして怪訝な顔をしたマスターは
「年寄り来たら これが有るから嫌なんよな」と 下衆発言をしながら救急車を呼んだ

そんな時 一人の男が立ち上がった それは常連客の西岡さんだ
アイロンパーマに薄茶色の眼鏡をかけた風体の悪いタクシードライバーだ
彼は倒れた老人を介抱する為に立ち上がったヒーロー ではなくて関西で言う「いっちょかみ」 物事に首を突っ込みたいだけの男

西岡さんはマスターを指差し吠えた
「なにをボーっと突っ立つとんや!介抱せんかい!人工呼吸しろ!
ええっ 人工呼吸とな 倒れた老人は心肺停止状態なのか
そんな事は窓ぎわの席から立って吠えている西岡さんにわかるわけがない アイパー西岡さんの脳ミソはビー玉くらいなので介抱イコール人工呼吸なのだろう

「年明けからジジイとキスは無理や!救急車呼んだからそれでいいやろ」
マスターが吠えた かと思ったが西岡さんの極道じみた風貌に威圧され トーンが尻すぼみになった  
出会い系で出会ったクリーチャーにも平気でディープキス出来るマスターでも老人とのMOUTH To MOUTHは無理らしい

「お前!人工呼吸とキスは違うやろ!人の命なんと思っとるんや!
人命を引き合いに西岡さんは吠え続ける デミグラスソースをオムライスにかけながら 生死を語るなら お前が介抱すれば良いと僕は思った
「キスも人工呼吸も何も ジジイとは無理ですよ」
西岡さんに威圧されマスターの発言は敬語になっていた
人工呼吸とキスのせめぎ合い アホな正義感と唇の貞操の言い争いの最中 救急車が到着し旦那は病院へと搬送されていった
わめき散らしたチンピラドライバーはスッキリとした顔で店を出て「あと少しいわれてたらボコボコにしてた」とマスターの負け惜しみのセリフが厨房に聞こえる

店内で体調が悪くなり ヘルパーさんに介抱される利用者の方や救急車で運ばれた老人の方は 後日 来店して「お騒がせしました あの後 体調が戻りました」や「すいませんでした 無事に快気しました」などの報告してくれる

でも報告の無い方もいる 無事に回復してるかもしれないし 高齢者なのでそのまま天国へ行かれたのかもしれない

もし天に召され 天国旅行に旅立った方がいるならば 最終の昼餐が穢れとエロスで満たされた僕の手料理だと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだ

まぁ 僕は地獄旅行でしょうな

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